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デスマーチ(死の行進)―大規模プロジェクトが陥る死の淵

夜明け
夜明け

「なぜ公認会計士を目指そうと思ったんですか?」公認会計士なら一度ならず聞かれる質問ですが、今回は私が公認会計士を目指すきっかけとなった話をしようと思います。

八甲田雪中行軍遭難事件

いきなり全然関係ない所から入りますが、八甲田山雪中行軍遭難事件というのは、1902年(明治35年)に起こった日本陸軍第8師団の歩兵第5連隊210名中199名が死亡してしまった遭難事件です。

この事件の衝撃的なところはその死亡者数・死亡率だけではなく、この行軍はただの訓練で、それも青森市街地から20㎞程度しかない八甲田山まで1泊2日で行って帰ってくるというだけの訓練だったという事です。

八甲田雪中行軍遭難事件(はっこうだせっちゅうこうぐんそうなんじけん)は、1902年(明治35年)1月に日本陸軍第8師団の歩兵第5連隊が青森市街から八甲田山の田代新湯に向かう雪中行軍の途中で遭難した事件。訓練への参加者210名中199名が死亡(うち6名は救出後死亡)するという日本の冬季軍事訓練において最も多くの死傷者を出した事故であるとともに、近代の登山史における世界最大級の山岳遭難事故である。

Wikipedia

どういったルートで行軍し遭難していたのか知りたくて下記のようなマップを作成してみました。

私はジョギングで大体10.6㎞(フルマラソンの4分の1)を走りますが、1時間はかかりません。徒歩でも2時間あれば十分だと思います。Aから一番離れているCまでの直線距離がその大体10㎞です。山道とはいえ、数時間の距離だと思います。予定ではその倍の片道20㎞の予定だったようですが、途中で引き返し始め、AからFまでの順で数日間彷徨った揚げ句ほぼ全員と言っていい人が亡くなってしまいました。

この経過については「指揮官の決断」という本に詳しく載っており、加えて全く同じタイミングで一人の死者を出すことなく八甲田山を踏破している弘前歩兵第31連隊にも詳細が書いてあります。

最初のボタンの掛け違いが招く悲劇

この壮絶な事件ほどではありませんが、私が新卒で入ったコンサルティングファームでも、大規模プロジェクトが迷走に迷走を重ね多くの人が肉体的・精神的に病んで倒れていく状況を経験しました。こういったプロジェクトのことをデスマーチ(死の行進)と言い、こういった名前がついていることからも決して珍しいものではありませんでした。

私が経験したプロジェクトは、数百人規模のシステム導入プロジェクトで、受注した営業担当者が失踪するというところから始まり、当初予定では1,2年だったものが10年近く終わらなかったというプロジェクトでした。私はその3年目~4年目辺りで参加していたのではないかと思いますが、規模が大きすぎてはっきりとは覚えていません。

私は今でもこのプロジェクトがどうすればうまくいったのか考えてしまいます。当時のプロジェクトメンバーは優秀な人材で構成されており、決して人が問題だったわけでは無いと思います。

そもそもの目的や方針が曖昧で、「何も犠牲にしたくない」という想いが強すぎた結果迷走に迷走を重ねてしまったように思います。また大きな誤解があったのが、コンサルタントを雇ったのだから何も犠牲にしなくても目的を達成できるだろうと思われていた節がある点です。実際にはコンサルタントは成功に導くのが仕事でそのためには犠牲にすべきものは犠牲にすべきだったと今では思います。

意思決定にかかわるためには

私はその当時システム導入のコンサルタントだったため、システム導入のプロジェクトが発足しなければ仕事がありませんでした。しかし、そもそもこのプロジェクトに関してはやらない方がよかったのではと思います。膨大な投資コストをかけ一大プロジェクトとして始めてしまったがために引き返すこともできず、かといって風呂敷を広げすぎて進むこともできず、皆が何が正解かわからずに死の淵に向かって進んでいるような感覚の中でいったい何人のコンサルタントが再起不能になったのかわかりません。

投資意思決定に関与するためには、いったいいくらまで投資していいのか、どのラインを超えると撤退した方がいいのかといった金額(会計)のことが分かっていなければ話にならないと思ったのが、私が公認会計士を目指すことになったきっかけです。

現実には金額面よりも政治的な要素の方が大きく、そう簡単に意思決定は変わりませんが、客観的なデータをもとに話ができるかどうかは重要だと思います。