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とりあえず初対面の人に聞かれること

こんにちは。当ブログをご覧いただきありがとうございます。
この記事では、独立開業直後の私についてご紹介させていただきます。

独立開業してからは色々な集まりに参加してみて、本当にたくさんの初対面の方と名刺を交換したり飲み会で話をしたりさせていただいています。よく 初対面の人に 「どうして独立したんですか?」と聞かれます。

そのニュアンスは、「どうしてこのタイミングで独立したんですか?」というものだったり、「どうして安定した大企業のサラリーマンの生活を捨てて独立したんですか?」というものだったり、聞く方によって微妙に異なりますが、独立した理由は結構興味があるテーマのようです。

その場ではそれらしい説明をさせていただきますが正直に言うと、独立した理由というのは私の中ではほぼありません。強いて言うとすれば「勘」です。独立するのであれば今だという勘。私は人生の大きな分岐でこの勘に従ってきました。

高校の時に理系から私立文系に転向した時も、現役で地元の大学に合格したものの1年浪人することを選んだ時も、最初の会社を辞めて公認会計士を目指した時も、全ては「なんとなくそうした方がよさそう」という漠然としたものでした。

唐突ですが私は自分で占ったりもするぐらい占いが好きです。ある時妻に紹介された姓名判断の占い師の方に「君は運が良すぎる。人生なんでもうまくいっているだろうがそれにあぐらをかいてはいかん!名付けてくれた親に感謝しなさい!」となぜか怒られるぐらい運がいいようです。それも、あまり理屈で考えずに自分の勘に素直にしたがっているというのも一つの要因だと思います。

自由へのあこがれ

それでも今このタイミングで大手監査法人を退職して独立開業した理由について考えてみると、私の前に「サラリーマン生活」と「独立開業生活」の分岐が現れたと感じたからです。

この分岐は常にあったはずなのですが、サラリーマンとして今後も順調にやっていけるのかという不安は日増しに強くなってきていた反面、独立開業というのは実際にやってみた人の話を聞く限り思っているほど路頭に迷うリスクは高くないのではないかという思いは常にあり、サラリーマン生活の先行きの不安が独立開業して失敗することの不安を超えたのがちょうど今だったということになります。

サラリーマンとしてやっていけないやつが独立してうまくいくはずはないという呪縛からの解放

独立を阻む心の中での葛藤として、「サラリーマンが不安で独立するなんて、上手くいくはずがない。独立した後の方が厳しい道のりだから、独立して上手くいくならサラリーマンとしても大成できるはずだ」という思いです。でもこの話をそのまま受け止めると独立する選択肢はなくなります。サラリーマンでうまく行くならそのままサラリーマンでいいじゃんとなってしまいます。

この葛藤は「現状上手くいっていることをあえて壊して(失敗するリスクを取って)、新たなことを始めるなんてナンセンスだ」という前提の上に成り立っています。つまり、サラリーマンは一生安泰だという神話が背景にあります。

サラリーマンが一生安泰でなかったとしたら?実は法人に残り続けることが独立するのと同じぐらいハイリスクハイリターンな選択だったとしたら?

自分の中でどうリスクを見積もるかでその人の独立の選択肢が現れるタイミングは変わります。生涯現れることがない人も当然いると思います。私の場合たまたま今がそのタイミングだったということになります。

もう一つの人生を経験したい!

そういった上手くいく行かないという話は一旦置いておいて、単純に個人事務所の所長になってみたい!せっかく独立するリスクが比較的低い会計事務所を開業できる資格を得ているのにその権利を行使しないで一生を終えたくない!という想いもありました。

人生は結局したい経験をどれだけするかにかかっていると思います。監査法人に勤めているからこそできない経験ももちろんあり、独立するということはその後の監査法人で経験出来ていたことをあきらめることになります。しかし、どっちを経験したいかというと全く新しい個人事務所生活の方を経験して死にたい!というのが私の選択でした。

突然重い話をしてしまいますが、先日母が癌で亡くなり、私はちょうど退職前の有休休暇の消化期間中で死を迎えるまでの1か月間死にゆく母を間近で看取りました(前述の「勘」ももしかしたらこう言ったことを予見した結果なのかもしれません)。その時に死に際して持っていけるものは何もなく、ただ自分は自分の人生を悔いなく生きたという想いだけが最期に残るのだと感じました。

母は死の苦しみや恐怖と闘いながら、自分の人生に悔いはないと言って、別れ(はっきりと別れを告げるわけではないですが)の挨拶をしに来た方たちに涙を流して感謝し、最後は眠るように亡くなりました。

負けない戦いをするというのももちろん重要なことなのかもしれませんが、どんな人生であっても最後に死を迎えて今生のことはすべて無くなることを考えると悔いの無い選択をするというのは非常に重要なことだと思います。

素直さと幸運の関係

私が運がよすぎて怒られた話に戻りますが、実は運の良さというのは生まれ持って決まったものではないと思っています。自分の気持ちに素直になる、人の忠告を素直に聞く、相手の言葉に素直に感動する等等、素直さは幸運と密接に関係していると思います。私が幸運だというのが本当なら、私が素直に勘に従うだとか、できるだけ嘘をつかないだとか、できるだけインチキをしないだとか(聖人君子ではないので完璧にはできませんが)そういったことを心掛けているからじゃないかと思います。

特に、人に嘘をついたりごまかしたりする行為は自分自身の決意に対しても嘘をついたりごまかしたりする癖がついてしまい、目標達成能力を著しく阻害します。安易に「適当なことを言ってその場をしのげればいいや」という発想は道徳的によくないとかではなく、自分の人生を不幸なつまらないものにしかねず危険です。

今後の私が相変わらず幸運に守られ続けるのか、見放されるのかはまだわかりませんが、どちらにせよ悔いの無いように生きたいと思います。

経営者でもゲン担ぎをされている方は多いようです。幸運な会計士を味方につけたいと思われる方は問い合わせフォームからよろしくお願いいたします。


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