「異次元緩和」の理屈と失敗の原因
異次元緩和というのは、今までになかった金融政策で、日本銀行(中央銀行)が国債を買い続けて市場にキャッシュを信じられないほど大量に流すという政策です。2013年4月に始まり、今なお継続中です。こうすることで物価が上昇し、インフレが起こり経済が活性化すると信じられていました。
なぜインフレになると経済が活性化するのか
インフレと経済活性化の関係を理解するには、「インフレ環境下ではお金の価値は徐々に無くなっていく」という事がポイントになります。インフレとは物価が上昇していく局面のことを言いますが、話を極端にして一日で物価が2倍になっていく世界があるとします。今日、100円で買えていたジュースが、明日には200円かかり、明後日には400円かかりとなっていく世界です。そんな世界にいるとしたら、できるだけ早いタイミングでジュースを買わないとどんどん手持ちのお金で買えなくなってしまいます。また、速いタイミングで手に入れたジュースを後で売ればたくさんお金が手に入ります。この環境下ではお金よりも物に替えておいた方が有利です。
インフレとは、この話をもっと緩やかにした状態ですが、話としてはこの原理で、「物価がどんどん上がってるなー」と人が感じている時は「早く買わなければ!」という意識が働き、物のやり取りが活発化します。逆にデフレの環境下では、物価が下がっていくので「もうちょっと待てばもっとたくさん買えるようになるかも」と人がなかなか物を買おうとせずに経済活動が停滞します。
なぜインフレになるのか
異次元緩和は「世の中にキャッシュが出回っている量が物価を決めている」という前提の下行われました。世の中にあるキャッシュの量が倍になれば、物価も倍になるという理屈です。この話は、一見それっぽいです。これもまた話を機極端にしてみます。「明日から手持ちのお金を全部倍にします!」という宣言がされて、いきなり手持ちのお金が倍になったとします。そうなると、みんなお金が急に入ってきたから、今までよりお金を使うと思います。
そうすると、モノによっては足りなくなって物価が上昇します。そういったモノが増え始めると、先ほどのインフレの話と同じで物価が上昇する前に早く買わないとと、経済が活性化します。
異次元緩和の誤算
ところが、異次元緩和によっていくら市場にキャッシュを流しても物価は全く上がりませんでした。もう7年も経っていますが全くと言っていいほど効果は上がっていません。
こうして結果を見てみると当然のことなのですが、その理由は「日銀がいくらキャッシュを流しても世間一般には1円も入ってこない」ためです。先ほどの極端な例では私たち世間一般の国民のお金が増えていました。しかし、日銀が購入している国債は政府の借入です。政府の借入をいくら引き受けても我々には1円も入ってきません。我々のお金は別に増えていないので、モノを買う量も増えません。モノを買う量が増えなければ物価も上昇しません。物価が上昇しなければ「早く買わないと高くなる!」と思う人もいません。結果、全く効果が無いという事です。
一方で、国の借金としてよく騒がれる政府の負債は実質的に減っていっています。実質的にというのは、政府と中央銀行は別の組織という建付けなので、債権と債務は別々に計上されていますが、親子会社関係と同じものなので、連結会計で債権債務の相殺が行われるのと同じことが起こります。
国民にお金を渡すために必要な「仕事」
インフレを起こしたかったら国がみんなに「一人○○円配ります」と配ってしまうことが話としては手っ取り早いですが、今回のコロナようなの話があれば別ですが、何の理由もなくいきなりお金を配るというのは、ちょっと説明ができません。お金を国民にいきわたらせるためには、国が仕事を生み出し、その対価としてお金を払うというのが健全です。
実質的に国債が減っており、異次元緩和を続けて国債を買い取り続けるのであれば国は国債を追加で発行し、それを財源として仕事を発注できるという事になります。この、国債を財源に仕事を発注する「財政政策」が国民にお金を流すことになります。
これが、金融政策と財政政策が車の両輪と言われる所以です。金融政策で日銀が市場にキャッシュを流すと同時に財政政策で政府が国民にキャッシュを流すことでインフレを起こす条件が整います。それでも、国民にお金が行き渡って「ちょっとぐらいお金を使ってもいいかな」という気持ちになり、今までよりもお金を使い始め、徐々に物価が上がり始めという状況になるにはさらに時間がかかると思います。このタイムラグで「結果が出ない!失敗だ!」と止めてしまうと元の木阿弥です。
そういうジレンマがあるため、いまだに「もしかして『まだ』結果が出ていないだけかも」と異次元緩和のみを続けていたり、「財政破綻する!(30年経ってるけどもうすぐ本当に破綻するかも)」という話がいまだに続いているのではないかと思います。しかし、5年以上も結果が出ないというのは明らかに前提が間違っているという事だと思います。
異次元緩和は、社会実験としては非常に意義のある試みです。これによって今まで理論上は正しいと思われていたことが、間違っていることがはっきりと証明されました。経済学上の常識とされていた理論が根本から覆されるほどの発見でした。結果を見ると「なんだそんなこともわからなかったのか」と思ってしまうようなことが、実際に結果を見るまでは「それじゃ意味がない!」と主張している方が「なんだそんなことも知らないのか(経済学では常識なのに)」とバカにされていたという話です。PDCAのCで間違っていることが分かったのだから、Aで修正する必要があります。