制約理論の考え方をツール化した「思考プロセス」
ザ・ゴールというビジネス小説によって世に知られた制約理論という「バリューチェーン上の最も弱い鎖の輪を管理する」考え方ですが、ザ・ゴールの話では製造業の工場が改善していくものだったため、生産管理の話としてとらえられていました。
しかし、制約理論は生産管理の話ではなくビジネス全般に応用できるという事を示そうとしたのが、ザ・ゴール2(原題:It’s Not Luck)というビジネス小説です。ザ・ゴールで工場を奇跡的に改善した主人公が、3つの事業を任される事業部長に出世しています。ところが、これら事業は会社の本業とほとんど関係なく、多角化の結果始めた不採算事業であり、解体・売却される方向で経営意思決定がなされてしまいます。
そこで主人公が今度は工場ではなく事業そのものを改善することによって、事業の売却価値を高めて高値で売却することに挑戦します。ここで、事業を改善するためには何が根本的な問題かを捜索するために利用するツールが「思考プロセス」というものです。一般的な名詞に見えますが、制約理論でのツールの名称です。
「なぜを5回繰り返す」を立体的にする
制約理論はトヨタ生産方式を参考にしたと思われる要素が随所にありますが、思考プロセスもトヨタ生産方式で出てくる「なぜを5回繰り返す」の拡大版ともいえる方法です。
ベースとしては「もし○○ならば××である」という因果関係をつないでいくことで真の原因を突き止めようとする「現状問題構造ツリー」というツリーを作成することがメインになります。なぜを5回繰り返す場合はシンプルに「AであるなぜならBだから」を直線的に繰り返していきますが、現状問題構造ツリーでは複数の原因や結果をつないでツリー上になっていきます。
上記の例では、問題C’ という根本的な問題が問題C~Dといった問題を生じさせており、問題D・Eが原因となって問題Bが発生しているといったことを表しています。通常我々はどうしても1つの問題に対して1つの対応策と1対1で考えてしまいますが、このツリーに従えば、問題C’さえ解決してしまえば、それ以降の問題も自動的に解決することになります。
また、このツリーを利用して、仮に問題C’が解決したら他の問題はどうなっていくのかというのをシミュレーションすることもできます。このシミュレーションの結果を「未来問題構造ツリー」といいます。もちろん、解決した結果ネガティブな影響が出る可能性もあり、悪影響をチェックすることにも使えます。
根本的な原因は矛盾する2項の対立から生じている
根本的な原因というのは、2つの矛盾したものが対立することによって起こります。例えば、現在の日本の財政問題を例にとると「日本には財源がないから政府はお金を使わない方がいい」という考え方と「日本は数十年ほとんどGDPが増加せず世界に置いて行かれているから積極的にお金を使うべき」という考え方で、政府がお金を使うべきか使わないべきかで対立しています。
この対立した状態を制約理論では「雲」と呼んでいます。この対立を解消するためにはまず、共通の理想を定義する必要があります。前述の例でいえば「日本の健全な発展」です。どちらの主張も日本を健全に発展させたいという共通の想いから出てきています。そして、この理想を実現するために何をなすべきかというのを考え、主張の中にある誤りを探します。共通の理想があるのに主張が対立するのはどこかに思い違いがあるためで、皆が当たり前だと思って深く考えていない所に解決の糸口があります。
この日本の財政問題でいえば、「財源がない」という部分が誤りで、金利がほぼつかない国債は実はいくら発行しても吸収される余力があり、国債を財源として積極的にお金を使わないとますます税収は増えず、全体に占める政府の負債の割合は大きくなっていきます。最近ようやくこの事実がクローズアップされるようになり、定額給付金や持続化給付金、数十兆円におよぶ補正予算の確保はこの理論的な後押しが少なからずあったからと考えられます。
このように、根本的な原因には共通の目的に対して相反する考えが対立しているため、解決できずに膠着状態に陥っています。そこを一歩引いた広い視野から解決策を注入し「雲」を解消する必要があります。