お金を使うことに抵抗する父
私の父は、お金にうるさくとにかくお金を使おうとしません。父と亡くなった母は水と油のような相いれない性格でしたが、この金銭感覚については比較的一致していて、それで何とか関係が維持できていたような気がします。
自分で時間をかければ済むような、例えば庭仕事などはもともと好きというのもあるでしょうがシルバー人材センターとかに頼めば済む話でも自分でやって「庭師に頼むと〇万円だ」と嬉しそうにしています。
私も年に数日は一人でできない庭仕事に駆り出され、丸一日潰れたりします。そんなときぐらいしかゆっくり話す機会もないのでそれは別にいいのですが、このかたくなにお金を使わないという姿勢は本当に正しいのだろうかと思っています。
このように生きてきた父はそれなりの財を築き、恐らく死ぬまで生活に困ることは無いと思います。そうしてこれからこの生活を変えることもないと思うので、築いた財産のほとんどは自分で使うことは無いのではないかと思います。
その財産を相続したらさぞかし悠々自適の生活を送れるだろうと思われるかもしれませんが、父が祖父の財産を相続した時の話を聞く限り、不動産も多いため相続の時点では相続税でキャッシュがマイナスになり、銀行から借り入れをして不動産収入で借入金を返済することになります。父が今から20年生きたとして、借入の返済に10年かかるとすると、私が不動産収入で悠々自適な生活を送れるのは70代半ばです。父の相続の時点で借入の返済に10年かかったそうなので、もっと相続税が増えてさらに時間がかかるかもしれません。そんなものに頼らずに生きていけるようになってないと、それまでの人生を送れません。
親にとって、子供にとって財産を残す意味
それはともかく、父がそうやって築いた財産を自分で使うことなく次の世代に引き継ぐことを一体どれだけリアルに考えているのだろうかと思うことがあります。今でも父は同居している妹夫婦の光熱費や食費等をきっちりと分けたがります。私は家を建てる時に父に一時的にお金を借りましたが、10年かけて分割して返したいという話をしたら住宅ローンで借りて返せと言われ住宅ローンを借りて一括で返しました。
そんなわけで、私は父の財産とは今のところ完全に切り離されており、一見裕福な家庭の子供ですが、金銭的な恩恵を受けたことはあまりありません。親を財政的に支えている方よりはましといった程度だと思います。
しかし、そうやって一生懸命守ってきた自分の財産は、自分が死ぬ時否が応にも子供(と国)に無償で差し出さなければなりません。よく遺産を相続する話になる時「親は子供のために財産を残せてうれしいと思ってるはずだ」といいますが、私はこんなに自分のものだと思っている親が本当にうれしいと思うだろうかと疑問です。
そもそも、子供に財産を残すのは本当にいい事なのでしょうか。私は、残すべきは財産ではなく「財産の築き方」なのではないかと思います。新卒で入社した会社でよく言われた話に「魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教えろ」というのがありました。魚を与えると、与えられた人は次に魚が必要になったら自分では相変わらず何もできませんが、釣り方を教えてあげればそこから先は自力で魚を手に入れることができるようになります。財産も同様で、財産そのものを相続すると、その財産が無くなったらそれで終わってしまいます。自分で稼ぐ力もない人が財産を浪費し、何の努力もせずに浪費する癖だけがついてしまった後に財産が枯渇してしまったらその家は潰えてしまうのではないでしょうか。
ユダヤ人は富裕層が多いと言われますが、様々なところで迫害されてきたユダヤ人は歴史的に何度も財産を没収されたりしてきたのではないでしょうか。それでも相変わらず富裕層が多いのは、財産そのものではなくお金の稼ぎ方、財の築き方を受け継いできたからなのではないかと思っています。