単純作業を正確に実行できるIT
Excelの関数を使うとかなり複雑なデータの加工や転記作業を自動化することができます。マクロを使えばその幅はさらに広がります。最近ではRPAというExcelだけではなく、ブラウザからデータをコピーしてExcelに転記したり、Excelのデータをシステムに入力したりすることも比較的容易にできるようになってきました。このような転記作業はどんどんコンピューターにやってもらい、人間はデータを使った分析作業や創造的な活動に時間を使うようにしようというのが最近の流れです。
ところが、この単純な転記作業も「人間が自分でやることで気が付くことがある」「コンピューターにやらせると途中の過程がわからなくなってしまう」という意見があります。この話は、パソコンが普及し始めて、システムという言葉が一般化してきた頃からよく言われていた話で、手作業で決算書のようなものを作成していた時代から、会計システムへと移行する過渡期に「システムにやってもらうと自分で作業しないから過程がわからず、数字を見てもピンとこない」などとよく言われていました。
これは実際にその通りだと思います。パソコンで仕訳を入力してボタン一つで決算書を出力するのと、自分で一つ一つ手書きで決算書を作成するのとでは、取引内容の理解度は全く違ってくると思います。要は時間をかけて確認作業をしているわけで、当然頭にも残ります。しかし、今の時代に手書きで決算書を作成している人はほぼいないと思います。これは、システムの方が圧倒的に早く楽にできるようになり、デメリットよりメリットの方がはるかに大きくなったためです。
過渡期には、システムがうまく集計できていなかったり、プログラムの不具合が沢山あったり、使い方がわからなかったりして「やっぱり手書きの方が信用できる」「システムはダメだ」と言われていた時期があったと思います。その期間を抜けてシステムが手書きよりも早く正確に、より簡単に操作できるようになった結果、今のように会計システム無しの世界が考えられない時代になりました。だからといって「手書きの方が頭に入る」というデメリットが払しょくされたわけではありません。
ITを利用した効率化を阻む理由
このように、業務を効率化するためにITを利用しようとすると、導入によるデメリットによる不安から「現状のままの方がいいのではないか」という話によくなります。よくある理由は、先ほどの「①ITを利用すると過程がわからなくなり、理解が浅くなる」という話以外に以下のようなものがあります。
②効率化するために労力がかかりすぎる
関数にせよマクロにせよ、①どうすればやりたいことを実現できるか考える→②関数やマクロを試行錯誤しながら作る→③発見された不具合を修正する→④使い方を全員に理解してもらう→⑤みんなが使ってみて出てきた要望を基にさらに修正する…と、労力がかかります。それだけ頑張って時間をかけてもたった1回だけ使って「覚えるの面倒だし、いままでのやりかたでいいんじゃない?」みたいな感じで終わってしまったりします。
③作った人しかメンテナンスできず作った人がいなくなると放棄される
非常に作りこまれたマクロなりアクセスデータベースのようなオリジナルのツールが 詳しい人によって作られると、その人がいる間はいいのですが、いなくなると修正等に対応できなくなります。Excelマクロや関数による作りこみは、詳しい人がいれば業務にぴったりと沿った便利ツールを開発費用をほとんどかけずに作成できますが、「いなくなったら使えなくなるから」という理由で作りこめないというジレンマがあります。
だからと言って高価な既製品のソフトウェアを買えば使いこなせるかというと、「自分たちのやり方と合ってない」と使われないケースもあり、結局はチーム全体の意識が重要になります。
④効率化の効果があまりないところを効率化してしまい元に戻ってしまう
結局のところ、効率化を試みてもうまくいかないのは「そこは別に効率化しなくても業務が回っている」というところを効率化してしまうというのも理由としてあると思います。業務というのは一連の作業の連鎖で、当然前工程が終わらずに暇になるといったことも起こるわけですが、その暇な間にできるようなことを省略できるようなツールを作ったとしても作業全体の負荷は軽くならないためあまり意味がありません。しかし、ITを使って効率化できそうなところというのは限られているため、見つけたら効率化したくなるのが人情です。
効率化できそうなところを効率化する前に業務を深く理解する
効率化とは一連の業務をより短時間に正確に少ない労力で実行できるようにすることです。長い手待ち時間が発生するような業務の場合、手待ちの間にできるような作業をITを使って一瞬でできるようにしても意味がありません。手待ちが短縮されるようなものや、本当に業務全体の時間を延ばしている作業を短縮するためには、業務を深いレベルで理解する必要があります。「そもそもこれってなんのためにやってるんだっけ?」といったことを突き詰めて考えるとIT化以前に省略できる作業の可能性もあります。
トヨタ生産方式を開発した大野耐一氏の言葉
トヨタ生産方式を開発した大野氏はこの生産方式を始めた当初、車の色を塗る工程で「黒→白→黒と一台ごとに違う色を塗らないといけない」という説明を作業者にしたところ、そんなことはできませんと突っぱねられたそうです。
「黒の色塗った後にすぐに白なんて塗れませんよ。タンクを全部洗って白にしないといけない。そのあとまたすぐ黒になったら、またタンクを全部洗わないといけない。どれだけ染料が無駄になるか」
これに対して、大野氏は「今のやり方のままでやろうとしたら当然そうなってしまうだろう。でもこれからは一台ごとに違う色を塗れるようにならないといけない。これは絶対だ。そう考えたら必ずできる方法があるはずだ」と言って、今までのやり方を一から見直し、一台ごとに色を塗れるやり方を開発しました。
この話から分かるのは、目の前にある業務を正として考えるのではなく、①どうなっていないといけないのか、②それを実現するために何を変えないといけないのかという順序で考えないといけないということで、そのためにも業務の目的や意義を深く理解する必要があります。