ちょっと前に電通が従業員を個人事業主化することを検討しているというニュースが流れました。経営者からすると従業員を個人事業主にするというのは様々なメリットがある反面、統制が取れなくなるというデメリットがあります。
労基法に守られる従業員
昨今、従業員の残業代等が問題になり、労働者管理の厳格化が企業の負担になってきています。よく大企業が「労基(労働基準監督署)に入られた」という話を聞いたりします。
従業員は労働基準法という労働者を守るための法律に手厚く守られています。そうしなければ、経営者の方が立場的に圧倒的に強いため、労働者をこき使って私腹を肥やしかねないためです。
その代わり、経営者の意図する業務を忠実に行わなければいけません。原則として勤務時間内は会社の事以外はできませんし、会社が決めた方針と自分の考えが違っていたとしても会社の方針を尊重して組織的に動く必要があります。
会社としてもいざという時に「ちょっとその日は調整できなくて…」と会社と全く関係ない仕事のために重要な業務を断られては非常に困るため従業員という立場で雇用して、日々の糧を得るリスクを負って従業員に給与という形で所得を安定供給します。
従業員が個人事業主になったら?
では、経営者が「従業員にもリスクを負ってもらいたい」、「別に毎日働いてもらわなくても構わない。仕事が発生した時だけ働いてもらいたい(働いていないときの給料は負担したくない)」という気持ちから、従業員に独立してもらい、個人事業主になってもらうことはできるのでしょうか。
これは、まず従業員が嫌がるのを無理やり強制的に個人事業主化するというのは難しいと思います。もともと、従業員は安定収入と引き換えに経営者の意図通りに業務を遂行することをよしとしているため、個人事業主の「意図通り動かなくていいけど安定収入でもない」という状況は望ましいものではありません。
しかし、従業員が同意し、ある程度仕事を安定的に渡してくれるという話であれば問題ないというのであれば個人事業主になることも可能です。実際に、私も監査の下請けをよくやりますが、これは実際には従業員として雇用されてやるような業務だと思います。しかし人が足りないため外部に発注しているという事情があり、従業員の方と同じ内容の業務のうち、個人事業主に切り出せそうな部分をやっています。
このような従業員・個人事業主どちらでもあり得る業務を行う場合、従業員という立場になるのか個人事業主という立場になるのかを選択する余地があります。
経営者のメリット・デメリット
では、従業員から個人事業主に変わった場合の経営者のメリット・デメリットにはどのようなものがあるでしょうか。
メリット①:労基法の縛りから解放される
基本的に、労務管理の責任は、個人事業主自身に帰するものになります。これは裏を返せば、経営者が自由に従業員を拘束できないというデメリットにもなりますが、個人事業主の残業の管理や出退勤の管理など、給与計算、労使折半の負担など、様々な労務管理上の負担から解放されることになります。
メリット②:容易に解雇できる
また、解雇は労基法上はかなりちゃんとした手続きを踏んで行わなければいけませんが、相手が個人事業主の場合は単に仕事を発注しなければいいだけの話になります。これは、逆にいえば個人事業主となった従業員がより条件がいい所に容易に寝返ってしまうというリスクも負っていることになります。
メリット③:外注費は課税仕入になる
給与は消費税が発生しませんが、外注費には消費税が発生します。したがって、税務上のメリットとして課税事業者(本則課税)の場合には、消費税の納税額を減少させる効果があります。ただし、インボイス制度が始まると、仕事を受ける側も課税事業者でなければ消費税を認められないため、インボイス制度が始まるまでの一時的な効果になります。外注費が年間1,000万円を超えるほど発注する場合には課税事業者になるため、インボイス制度導入後も効果は続きます。
デメリット①:100%あてにすることが出来ない
最近は副業を解禁する会社も増えてきているため、この点は副業を解禁している会社と同じ話になってきますが、個人事業主は別の会社から仕事を受注するのも当然自由にできるため、今までは100%自社のために働いてもらえる前提で計画を立てることが出来ましたが、個人事業主になってしまうとそういうわけにはいかなくなります。
デメリット②:管理者が育たない
組織的に業務を遂行するためには従業員の中から管理者を育成しなければなりませんが、個人事業主化してしまうと、各従業員は自分が一人の事業主になるため、全体を管理する人は育てられなくなります。各自は個人の最適化を図ることになり、全体のために個人を犠牲にするような行動は合理的ではなくなります。
デメリット③:優秀な人材ほど離れていきやすくなる
個人事業主になるとやるべき仕事ちゃんとこなしていれば昼から会社に来てもいいでしょうし、夜型の人は深夜働いて昼間は寝ているという生活をしていても文句は言えなくなります。
このような裁量が大幅に認められるようになれば、優秀な人材ほど色々な仕事で収入を得ようとするようになり徐々に会社に依存しなくなります。一方で、優秀ではない人材は旧来通り従業員の様な立場で指示通り働きながら、安定収入を狙いながら従業員ではできない自由な働き方をするいわゆるいい所取りをすることになりがちです。
従業員であったとしてもこの優秀な人材ほど離れやすいという話はありますが、個人事業主になった場合にはこの傾向はより顕著になります。
ITの力で個がつながりやすくなった世界
従業員を個人事業主化するというやり方は、恐らく以前からやっている会社はあったと思いますが、個人事業主同士が連携して組織的な行動を取るというのは以前に比べて容易になってきています。
稲盛和夫氏のアメーバ経営は組織内で個別に会計を行い個々の独立採算を目指すことで組織を管理する手法でしたが、各人が個人事業主となることによって本当にアメーバ組織の様な形が取れる集団が現れるようになるかもしれません。