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常識と常識がぶつかり合うところに脱常識のヒントがある

常識に囚われず常識を無視せず

大野耐一氏の「モノづくりの神髄」という講演の音声を録音したものをよく聞いています。大野耐一氏がトヨタ自動車の副社長を退任し、子会社の社長に落ち着いていた頃の講演で、トヨタ生産方式が世に広まっていった頃だと思います。

本はある程度腰を落ち着けて読まないといけませんが、音声だと歩きながらとか電車の中で立っていたりしても聞けるので重宝します。また、本人の肉声だと文字からではわからない微妙なニュアンスや、強調している所などもわかり頭に残りやすいです。

この音声を聞いていると、「昔、脱規模だとかも言っていたけど、脱常識を強調していた時期がある。常識に囚われちゃいかん、しかし、常識を無視しちゃいかんと口やかましくいっていた」というところがあります。これは守破離のことだと思います。

守破離(しゅはり)は、日本茶道武道などの芸道芸術における師弟関係のあり方の一つであり、それらの修業における過程を示したもの。日本において芸事の文化が発展、進化してきた創造的な過程のベースとなっている思想で、そのプロセスを「守」「破」「離」の3段階で表している。

守破離‐Wikipedia

常識を深く理解するステップが「守」の段階、理解した上で改善するステップが「破」の段階、常識に囚われず独創的な発想でやり方を変えるのが「離」の段階で、このステップを守らずいきなり独創的なことをやろうとするとうまくいっていた部分がうまくいかなくなったりして「前の方がよかったじゃないか!」と反対派の猛攻撃を受けて元の木阿弥になったりします。

教えを破り離れたとしても根源の精神を見失ってはならないということが重要であり、基本の型を会得しないままにいきなり個性や独創性を求めるのはいわゆる「形無し」である。無着成恭は「型がある人間が型を破ると『型破り』、型がない人間が型を破ったら『形無し』」と語っており、これは十八代目中村勘三郎の座右の銘「型があるから型破り、型が無ければ形無し」としても知られる。

守破離‐ Wikipedia

常識は常識となった理由があり、なぜそれが常識になったのかを理解せずに変えようとするとおかしなことになります。

どちらの常識が正しいのか

昨日の記事でも、ガリバーは「オークションで中古車を売っても儲からない」という常識を脱して競争優位を築き上げることに成功しましたが、これは一方で、「確実に利益が見込める棚卸資産の回転期間が早ければ早いほど会社の成長スピードが高まる」という常識に従った結果でもあります。

このように、競争優位を維持できるような箇所には二つの常識がぶつかり合っていることがよくあります。トヨタ生産方式でも制約理論でも、「リソース(人や設備)はできるだけ稼働している方が効率がいい」という常識と、「売れる見込みのない製品を作っても儲からない」という常識がぶつかり合ったところで、その問題から脱するアイデアとして、「売れる見込みのある製品を作るためだけにリソースをできるだけ稼働させる。リソースがどれだけ稼働しているかは関係ない」という新たな常識を生み出しました。

常識がぶつかり合った時には、どちらかの常識が間違っています。「売れる見込みのない製品を作っても儲からないって言うけど、売れる見込みのある製品がなかったら工場で作業員が適当にサボってたほうがいいっていうのか!」という言葉に対して「その通り」と言うのが大野氏の答えです。

前述の講演でも「計画で1,000個作れと言っているのに、1,005個作ってしまう人と、995個しか作れなかった人がいるとする。計画から同じ5個ズレているのに、1,005個作った方が偉く、995個しか作れなかった方がダメなように感じる。しかし実際には、995個しか作れなかった方が会社を儲けさせている」と言っています。

すべては状況による

実は、1,005個作った人の方が偉い場合もあります。高度成長期のように作れば作っただけ売れるという状況の場合です。需要の方が圧倒的に大きくなると、作ったものはすべて売れる見込みのある製品になるので、リソースの限界まで頑張って製品を作った方がいいということになります。

この講演は石油ショック後の不況の真っただ中の時代で、需要より供給の方が大きかった時代です。ちなみに、現代のデフレ環境下も同様に需要より供給の方が大きい時代です。

「石油ショック以前は、作れば作っただけ売れていたから1,005個作った人に『ごくろうさんでした!ありがとう』と言っていたけど、石油ショック以降は逆ですよと。1,000個までは売れるから作ってもいいけど、それ以上作ったら困りますよ、会社を損させてるとかそんなレベルじゃない、ものすごく悪いことをしているんだぞという意識を持ってもらわないといけない」

大野氏はそうはいっても自分もなかなかそう思えないとも言っています。状況が変わると、正しい常識も変わる。だからこそ、今がどういう状況なのか、なぜその常識は常識として成立したのかといったところをどこまで深く考えられるかが事業を安定的に成長させるために必要なのだと思います。