独立開業を目指す公認会計士・税理士の方向けの記事

税理士はオワコン?5フォース分析で考える税理士という仕事

「税理士は過当競争」「AIに取って代わられる」という話があります。一生懸命難しい資格を取っても、すでにもうからない業界になってしまっており、将来性も無いという主張です。私は2019年11月に独立開業しました。それまで税務に関しての経験はほとんどなかったのですが、今は徐々に税理士事務所としての顧客を獲得してきており、当面の目標顧問先数を20社としています。

公認会計士業務がもう一つの収入の柱になっているため、なかなか税理士業務に集中することができませんが、個人的には税理士業務にはまだまだ可能性があると感じています。

マイケル・ポーターが提唱したポジショニングアプローチ

ハーバード大学の伝説級の経営学者にマイケル・ポーターという方がいます。現在も存命でまさに生きるレジェンド。その彼が提唱した有名な経営戦略が「ポジショニングアプローチ」と言われるものです。すなわち、「勝つべくして勝つポジション」に会社を置くことで、凡人でも経営がうまくいくという考え方です。

では、勝つべくして勝つポジションというのはどういうポジションでしょうか。マイケル・ポーターは勝つべくして勝ポジションかどうかを考えるにあたり、5つの要素の力関係を考える必要があると言っています。それが5フォース分析というものです。

5フォース分析① 売り手との力関係

5フォースの1つ目は、売り手(仕入先)との力関係です。立場的に「売ってくださいお願いします」という立場なのか、「買ってやらないこともないけど、なんかあったらすぐに切るからね」という立場なのかといったことです。

仕入先に対して強く出れるポジションであれば、儲けを出すための値下げ交渉、コスト削減も容易で、赤字になりにくいということになります。逆に、仕入先の方に主導権があり、こちらは価格決定権がない、適時に仕入れられないといった場合には利益は出しにくくなります。

税理士事務所にとって仕入先というと、私が今まで事務所をやってきて感じるのはfreeeさんやTKCさんといった会計システムベンダー、F&Mさん、バトンズさんのような税務業務に付随する付加価値サービスの支援を行ってくれる会社が思い浮かびます。

これらの仕入先は、私から切られてもダメージはほとんどないと思いますが、私の方からも投資が回収できないと感じたらいつでも契約を終了できます。代替手段はあるため、仕入先間での競争も結構激しいのではないかと思います。

5フォース分析② 買い手との力関係

2つ目は、サービスを売る方の話で買い手(得意先)との力関係です。税理士の数は年々増えており、買い手からは税理士を選び放題、税理士は熾烈な価格競争で十分に収益を上げられないというのが現状と言われていますが、2年弱やってそんなことはないと思いました。

同じ税理士事務所は無い

税理士業界が過当競争に見えるのは「税理士事務所が提供しているサービスはどこも同じ」という先入観があるためです。実際には、事務所ごとに守備範囲もやれることも全く異なるため、勝手に差別化されています。税理士に求めているものも経営者によって全く異なり、互いに相性が合う事務所を見つけるとなると、その組み合わせは千差万別といったところです。

自分がやりたいことを明確にし、そのイメージで税理士を求めている経営者を探すことで、経営者から見ると「そうそう、そういう税理士を探してたんだけどなかなかいなかったんだよ!」ということになります。逆に自分のやりたいことにそぐわないことを求めている経営者は勝手に離れていってくれます。

経営者にとってのメリットを第一に考えること

大切なことは、自分がやりたいことが経営者にとって本当にメリットがあることでなければいけないということです。「自分がやりたいのは楽して儲けることだから、月10万円の顧問料を払ってくれて、申告の時だけ顔を出せばいい経営者がいいな」と思ってもそんな経営者はいないか、いたとしてもすぐに別の税理士に奪われてしまいます。どんなサービスを提供するにせよ、そういう税理士を探している経営者が一定数いるようなサービスの提供の仕方が必要です。

私の場合は「経営者と毎月経営について話をして、その会社に役立つ補助金や節税に関するニュースを伝える」というのをサービスのセールスポイントにしています。これは私自身が経営者の方々とコミュニケーションを取りたい、話すと面白いと思っているのと、そういう情報を求めている経営者、ただ会計処理を修正して帰っていく税理士に不満を持っている経営者が非常に多いというのが理由です。補助金や節税で得られる金銭的なメリットが顧問料を超えればWin-Winな関係が構築でき、顧問料を安くする必要がないということがあります。

また、一度税理士を決定してしまうと、多少不満があってもなかなか変更できないという問題があります。税理士は会社の懐事情を詳細に把握することになるため、コロコロ変えるのは勇気がいります。さらに、税理士を変えたことが金融機関に警戒されるというデメリットもあります。したがって、得意先との力関係としては「いつでも別の税理士に変更できる」という弱い関係ではなく、比較的強い力関係にあるといえます。

5フォース分析③ 新規参入者との力関係

税理士にせよ公認会計士にせよ、一般的には年単位での勉強が必要な難関資格とされています。この資格が強力な参入障壁になり、新規参入者を阻みます。おそらく、無資格でも既存の税理士よりも優秀な税理士になれる方はたくさんいます。しかし、資格がなければできない独占業務ですので、そういった資格を取る力がないけど優秀な方というのは排除されます。

5フォース分析④ 既存競合他社との力関係

新規参入に、資格が必要という参入障壁がある結果、ライバルになる他の会計事務所もそれほど強力な競合になる可能性は少ないというのが、税理士業界の特徴です。もともと資格取得のために机に向かってコツコツと勉強することが好きな人というのは積極的な営業が得意という方は少なく、コミュニケーション能力もそれほど高くありません。それは自分も同じですが、コミュニケーションの能力が高くて当たり前の世界で戦うのと、低い人の方が一般的な世界で戦うのとでは雲泥の差です。

もちろん強力な競合他社もたくさんいますが、労働集約的な仕事のため、強力な競合他社がさばける顧客数にも限界があり、こちらの供給能力よりも需要の方が依然として大きいというのが実感です。

5フォース分析④ 代替品との力関係

資格による独占業務であるため、他に代替品というものは存在しません。国が税制を根本的に見直し、「一人年間50万円、それ以外取りません。免税とか例外は一切なし」みたいな単純で間違えようがない税制にならない限り税理士の仕事がなくなることはないでしょう。ただでさえ、世論を気にして後付けで複雑化していく現状では、ますます税理士の役割が重要になってきています。

結論:非常に戦いやすいポジショニング

こうして考えると、税理士事務所というビジネスは非常に優秀なポジショニングであることがわかります。実際、ただ単に事業を起こすことに比べて、税理士事務所運営に失敗している人をほとんど見たことがありません。実際にはいるのかもしれませんが、私の周りの税理士は一般的なサラリーマンを凌駕する年収であることが当たり前です。

もう一つ、税理士の高齢化により、引退する税理士が今後増えてくるというのも楽観要因です。私はいわゆる団塊ジュニアと言われる世代ですが団塊の世代は70代に突入し、その世代の税理士先生の引退は今後10年~20年の間には間違いなく起こります。税理士が一度契約するとなかなか変えられず、それゆえに歴史が長い事務所ほど有利であることを考えると、団塊の世代の税理士先生の引退は非常に強力なライバルの消滅を意味しています。

さらに、この仕事は死ぬまでできる、一人でもできる、という特徴から事業承継先についてよく考えずに引退に向かっている事務所も多数あると考えられます。そうなるといきなり宙に浮いてしまう会社もあると考えられます。

総合すると、これほど戦いやすいポジショニングの業界というのも珍しく、まだまだ資格を取る価値はあると思います。