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人は苦難を克服するために生きている?

苦しみや悩みといったものはできれば避けて通りたいものですが、この歳になると何の苦しみや悩みもない人生というのは果たして面白いのかどうなのかと思うようになりました。もちろん、苦しみや悩みというのはできれば出会いたくないというのは変わりませんが、仮に生まれてから死ぬまで一度も苦しむことも悩むことも無く死んでいくときに自分の人生を振り返ると幸せだったと感じるだろうかと思います。

もともと、苦しみや悩みというのは相対的に感じるものなので、どんな風に生きていても感じない人はいないと思います。傍から見れば何の悩みも無いように見える人でも、自分の悩みに比べればそんなもの大したことないと思うような場合でも、本人が感じている苦しみや悩みというのは他人には体感できません。

終わるのを指折り数えて待っていた高校の水球部時代

肉体的に苦しかったのは、高校の部活で所属していた水球部の時で、今までの人生で、あれ以上に肉体的に苦しかった時期はありません(精神的につらい時期はその後たくさんありましたが)。最近ロングトライアスロンに挑戦していますが、それでも自分の意志で挑戦しているため半ば強制的に練習させられていたあの頃とどちらが苦しいかといえば高校時代のほうです。

水球というのは水中でやるハンドボールのような競技で、水深2メートル以上もあるプールで行われるため足がつきません。競技時間は7分×4セット=28分ですが、頻繁にペナルティスローで時間が止まるため、実質的には1時間ぐらいになります。毎日4時間ぐらいひたすらプールで泳いでいた記憶があります。夏休みの強化合宿では朝5時に起こされ、真っ暗になってボールが見えなくなってもライトをつけて練習をしていました。

本当につらかったので、カレンダーを見ながら引退まであと何日か一生懸命数えていました。辞めればいいのにと思うかもしれませんが、7人でやる競技なのに部員が7人しかおらず私が辞めると大会に出られなくなってしまいます。それでも1人辞めてしまい存続の危機に陥りましたが、なんとか途中から一人入ってもらい、続けられたという状況でした。

それでも、確かに辞めても良かったのでしょうが当時は辞めるという発想はあまりありませんでした。辞めたら負けみたいな部分もありましたし、今まで頑張ってきたものが無駄になるような気もしていました。なにより、いずれ必ず終わりが来るというのが見えていたのも大きいと思います。

その後の人生を支えたつらい経験

生きていると色々な苦しみや悩みに出会いますが、そこで感じる度合いは過去の経験に比べてどれぐらいかというので変わります。私は結局、高校時代のその苦しい経験から「あれに比べたら」と何度も思うことになり、ともに苦しみを乗り越えた水球部時代の友人たちと末永く交友関係を築くことができました。

高校時代に帰宅部として特に友達も作らず帰ってひたすらゲームをするという人生もあったかもしれません。そこでかけがえのない友人に出会っていた可能性もあります。なので、果たしてこの経験がよかったの悪かったのか経験しないパターンを経験できない以上はわかりません。

ただ一つ言えるのは、今こうして振り返るとやってよかったと思いますし、もう終わってしまった話なので後悔することはないと思います。とはいえ、逃げた方が正解というケースもありそれもまた一概に言えないのが人生の面白いところだと思います。

小学校時代に仲が良かった友人がいて、そのお父さんに私は嫌われているようでした。どうやら小学校時代の私を「ゲームばっかりしている軟弱者」と思っていたのではないかと思います。実際そうでしたし、運動は全然できませんでした。

高校時代のある時、授業参観か何かで久しぶりにそのお父さんにお会いしました。真っ黒に日焼けして胸板が厚くなった私を見た時の、そのお父さんのぎょっとしたような驚愕した顔が今でも忘れられません。そういう経験ができるだけでも、苦難に出会ってしまったら正面から取り組む価値はあるのではないかと思います。

今現在苦難と必死に闘っている方もたくさんいると思いますが、なんとか乗り越えていただきたいと願っています。


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