独立開業を目指す公認会計士・税理士の方向けの記事

人の死を通して感じること

前職でお世話になった元同僚の死

昨日、前職でお世話になった同じ部署の上司にあたる方が亡くなりました。私とそれほど歳は離れておらず、40代の方でした。詳しいことはわかりませんが、数か月前から体調不良で地元の鹿児島に戻られていたという話は伺っていたのですが、1月に復帰された後、ここ数日で急に病状が悪化したようでした。明日鹿児島で葬儀があるとのことなので、行こうと思います。

死によってすべてが反転する

昨年、母の死を間近に見て感じたのですが、人は死を迎える時、財産のような現世で意味のあるものが意味のないものになり、自分が何かを成し遂げた、人生を精いっぱい生きた時、その満足感や充実感だけが最後に持っていけるものになります。私利私欲に走り、他人の恨みを買いながら財産を貯めこんだ人は、死を迎える時誰からも感謝されず、むしろ喜ばれ、使いきれなかった財産は誰かに持っていかれます。一方で、世のため人のために自分を犠牲にしてでも頑張った人は、現世ではあたかも損な人生を送ったかのように感じるかもしれませんが、多くの人に感謝され、自分を犠牲にする苦しみからは解放されることになります。

母は地域社会のために色々と役を引き受けたり、民生委員になったり、頼まれると嫌とは言えない性格で、人が煩わしがるようなことをよくやっていました。いいように使われているといえばその通りだったのかもしれませんが、母が亡くなる時に多くの人がまるで仏様にお参りに来るように実家に訪れるのを見ていると、まるで死を境に光と影が反転するようだと思いました。

亡くなった上司は私が退職する際にも相談しましたが、快く送り出してくれました。公認会計士でかつコンサルティング業務を中心にしているという点で共通しており、一緒に仕事をしている時にはまさかこんなことになるなんて全く想像もできず、よく今後の人生について話をしました。どういう人生を送ったと感じて亡くなったのか、全く想像できませんが、あまりに早い死でした。ご冥福をお祈りいたします。